2021年10月15日

#01_ブライダル事業との10年間を振り返る

勤続10年ってすごくない?

こんにちは さきこです。
先日正式に弊社ウィルプラントがブライダル事業から撤退することが吉井から発表されました。
わたしは、ウィルプラントに所属してもうすぐ10年。
前職も吉井と共にブライダル映像に従事してきた身としてちょっとこの10数年を振り返ってみようと思います。

前置きとして前職の話を。

ご存知の方もいるかとは思うが、わたし「松田沙希子」が吉井と出会ったのが2007年。
前の職場で出会ってからのお付き合いになる。
前の職場ではすでに映像演出の制作を事業内容の軸にしていた。
というか、プロフィールムービーを広めた会社であり、当日編集モノの演出映像を開発し
スタートさせたベンチャー企業だった。

当時は、スタッフ全員がとんでもないプレーヤーの集まりで
開発チームも営業チームも総務経理チームも、聖剣振り回して会議をし、新しいものをたくさん生み出していた。
わたしにとっては忘れられない体験を与えてくれた大好きな会社だった。
(吉井矢島松田瓜田は前の職場で一緒に働いていました。)

ブライダル映像においてもそのほかの映像やデザイン業務においても
わたしも社員としていろんな経験をさせてもらった4年間だった。

しかし時代とともに会社の形も変わり、尊敬する先輩や優秀な営業マンたちが
離れてしまったこともあり、わたしも理想とする会社では無くなったため退職をちらつかせてた時、吉井からの一言でわたしの「WiLL PLANT歴」はスタートします。

「絶対幸せにするからWiLL PLANTに来い」

2011年 ブライダル映像を主に働くということ

今思えば一種のプロポーズとも捉えられるくさい言葉を聞いたわたしはその一言で気持ちを固め前職を退職した。
給料も信じられないぐらい下がるし、正直辛いことしか待ってないのは目に見えていたけど、
何より「吉井さんが社長の会社の方が面白そう」と思ったのが飛び込む原動力だった。

8畳一間の安アパート、吉井瓜田松田の三人でひたすら映像を作っていた。
吉井が毎日目には見えない泥を纏って帰ってきていたこと。
自宅にも帰らず、寝ずに働いていたことをわたしも瓜田もよく見ていた。
そんな吉井を横目に、「わたし自身は何をすれば吉井さんが少しでも楽になるのか」
そんなことを考えて行動するようになったのもこの頃だったような気がする。

・電話には2コール以内に出る
・メール(特にお客さんとのメール)はすぐに返信をする
・土日の対応を可能にする
・顧客管理を徹底する
・各種の動きに必ず履歴を残す
・出来上がった映像のチェックは隅々まで
etc

こんなことを小さいチームながら細かく行なっていった。
ブライダル映像制作において重要なことだったからだ。

提携ホテルからの質問には迅速に答えるべきである
→保留にして情報提示を待たせると、プランナーさんもお客さんに即答できないため
業務に支障が出る→必ず手元に全顧客の進捗状況や打ち合わせのリスト、映像についての知識をすぐに引き出せるように準備しておく必要がある。

誰が何をやって、どこでどう修正したかなどの記録が重要
→結婚式の準備というのは、お客さんにとって映像演出だけではないため、
どこかで言った言わないが生じたりする。その際に「うちではこう聞いてるしこう履歴が残ってるよ」と言えることが会社を守るし、お客さんや提携ホテルからの信頼も生まれる。

とにかくブライダル映像を主に働くというのは、気持ちの面でかなり細やかにならないといけない。
どんなに丁寧な対応を心がけてもお客さんから怒鳴られることも理不尽な思いもしたことは何度もある。
それでも、チームとして上記のような細かい気遣いを重ね、毎日内部に筋肉をつけていった。

そのうち、制作スタッフの増員や経理作業を手伝ってくれるスタッフをアルバイトで雇い、
吉井がかかえる業務をなるべくスリムにし、営業活動に専念できるようにしていた気がする。

吉井が営業に専念できるようになると
ブライダル映像を制作してる会社としての認知度が徐々に上がる。
2012年には一眼レフカメラを主にした即編のエンドロール商品も開発。
(今となっては当たり前の手法だが、当時はまだ担ぎカメラが主流で一眼でこれをやろうと声をあげ札幌に広めたのはウィルプラントが最初である)この時期ものすごく作業的に忙しかったなあ。

新しい商品を作ろう時代

2013年ごろからは、週に20ご両家ぐらいの制作をこなす会社になっていた。
即編のエンドロールも軌道に乗りまくり、結構な数をこなし始めていた。
正直前職の数字は超えていたと思う。
同時に、新商品の開発や新しいチャレンジをしようと動き始めた年でもあった。
ビデオ収録を「ただの2時間の記録」ではなく「思い出深いシーンを切り取ってダイジェストにしてそのシーンがめちゃくちゃ美しかったらやっぱりいつでも見たい映像になるんじゃない?」という視点から、一眼レフを使ったダイジェスト映像商品を作ったり(これは結構需要があったし、真似する業者も今は増えた)、小型カメラを使ったゲストが参加できるアプリケーションを作ってみたり、ブライダル演出において様々なアイディアを試してリリースしていた時期だったなと思う。
毎日十数件というお客さんと向き合うと、ブライダル演出に求められてくるものも時代とともに変わってきていることを知るし、提携ホテルがどんなことで困ったり、どんなことで競合よりいい結果を残そうとしてるのかもわかるようになってくる。

マッピング演出やオリジナルムービーの受注もこの頃から増え始め、
型にハマった結婚式ではなく、もっと自由にしてもいいんだよっていう雰囲気。この辺から流れてた気が…

飛ぶ鳥をおとす勢いを垣間見せ始めたウィルプラントのブライダル事業はこの後どんどん形を変えていくわけです。

と、長くなってしまうので続きは次回。
次回は「自作対策に奮闘する」「ブライダル制作用に開発した管理システム」などを記録してみようと思う。






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